豊かな自然と、美味しいパンと。森の中に佇むパン屋「NoPell」。

駅前の喧騒を離れてちょっと一息。風の音や鳥の鳴き声を聞きながら、自然の中でパンを味わえる場所が厚木にあるのをご存知でしょうか。今回取材した『NoPell』のオーナー松村さんは、厚木上古沢の自然の中で、美味しいパンを作るために真摯にパン作りに向き合われていました。どんなシーンでも美味しく食べられる看板商品の”プノス”についてやお店をオープンするまでのこれまでの経緯をお聞きしました。

NoPell
松村 浩一 Koichi Matsumura

1980年、厚木市上古沢出身。大学在籍時に大手パンメーカーのインストアベーカリーに勤め経験を積み、大学卒業後も技術習得の修業に励む。㈱パン研究所で100日間の研修に参加。その後いくつかの店舗で経験を積み、㈱ケイシイシイ・ルタオに入社。新店舗の立ち上げ及び海外でのパン技術指導や製品開発を行う。2017年、地元厚木で『NoPell』を開業。

その時にある選択肢から、希望する道へと進んでいった。

ーパン屋さんを開くことは子どもの頃から決めていたんですか?

松村さん:いつから言い始めたか定かではありませんが、昔からそのように話しておりまして、中学高校の進路相談の時には将来は飲食やパン業界に関わる職に就きたいと話をしていました。

ー現実味のある考えを子どもの頃から持たれていたんですね。

松村さん:現実味のあるものを”良いな”と思えたところが、ここまで変わらずに来られた要因かもしれないです。もしかしたらそれがもっと狭い、例えば海外のどこどこのホテルの中の料理人等でしたら、途中で夢物語になってしまった気がします。岐路に立たされた時に、YesかNoで選択するのではなく、”or”、どちらかの選択で迫られた時に「こっちにします」と選び、今に至っている感じです。芯があって突き進んだと言うよりも、選択をする際に必ず自分が希望とする方向に少しずつ進んで行きました。

ー高校を卒業してからは専門学校へ?

松村さん:高校を卒業して、パンの製菓専門学校や、それこそお店に勤めて修行に入る形も選べましたが、高校時代に勉強していた簿記で賞を受賞した経験もあり、色々な大学様からお声を頂いたり指定校をもらうことができました。今を逃せば四年制の大学へは行けないだろうと思い、四年制大学への進学を選びました。

ーそうだったんですね。卒業後はどのような活動を?

松村さん:大学時代は勉強に加え、プラスアルファでアルバイトができましたので、実社会に入る前に現場を見て学びたいと思い、1年間に1店舗を目安にパン屋さんで働き、4店舗ほど回ろうと予定していました。結果的にはパン屋さん以外の店舗も含めて5店舗ほど働かせて頂いて、経験を積むことができました。 アルバイト先で気付いた一番の発見が、”企業の中で働くと自分がやりたいことができる訳じゃない、仕組みの中で動かなければいけない”ということだったんです。大学卒業後、2~3年は自分自身がやりたいことを朝からできる環境で何か求めてみたいと思い、大学四年生の時に働いていたお店に相談をしましたら「フリーターで朝から働けるならやりたいことをやっていいよ」と言ってもらえたんです。

ー行動力というか、自分でorを選んで突き進むことって中々できないですよね。

松村さん:恐らく家庭環境がずっと昔から、自分の決めたことは責任を持って自分で処理しなさいという方針でしたので、高校も大学も両親が決めるのではなく、自分が決めた道を応援してくれました。 ある程度自由に身を置かせてもらえたことが、結果論としては良かったのだと思います。

ーご両親も飲食関係のお仕事をされてるんですか?

松村さん:全く違います (笑) 。家系的に、元々パン屋さんや飲食店をやっていた訳ではありませんでした。

自分の作ったパンがどれだけの人に受け入れてもらえるか試していきたい。

ーフリーター時代のお話をもう少しお聞きしてもいいですか。

松村さん:自分がこれをやろうと決めたらどんどん実践していき、経験を積んでは次のやりたいことに向けて行動するという日々を送りました。ただ、技術は身に付きますが知識は勉強をしなければ得られませんので、時間をかけて知識を学ぶ為に色々な方に相談をしました。専門学校に行こうとも考えましたが、「専門学校へ行くよりもせっかくならもっとレベルの高い所へ行ってみたら」とアドバイスをもらいまして、パン業界では有名な西葛西の企業様で、役職の方も含んだ社員さんを派遣して勉強させる研修会のようなものがあると知って、本来は企業様がお金を払って100日間コースの研究室に入るような形で参加するものですが、個人でも行けることが分かり研修を受けることにしたんです。企業の役職者の方も参加されていましたし、個人で参加されてる方も1割程いらっしゃいました。知識を持ってる方、技術を持ってる方、様々な方がいらっしゃいましたし、私の経歴に興味をお持ち頂き声をかけて下さったり、沢山の方と繋がりを持つこともできました。100日という期間で他の方が得られないような濃い経験が積めたと思います。各企業の役職をお持ちの方もいらっしゃるような中で過ごせたことは、今考えますと貴重な経験であったと感じます。

ーその研修でパンの知識を身に付けてられたのですね。技術の方はご自身で?

松村さん:アルバイトやフリーター時代に、職務として毎日繰り返しやる中で身に付くこともあれば、自分自身で色々な本を読んだり、客観的にアドバイスをもらい癖を直していきました。反対に、自分が持っている良い部分を伝える事もありましたし、職場で働く中で身に付けた部分が大きいです。

ーそうだったんですね。NoPellをオープンしたのはいつ頃ですか?

松村さん:2017年にオープンしましたので、4年を終えて5年目に入った所です。

ー独立する準備がようやく整って、オープンへ踏み切ったんですね。

松村さん:実は独立の準備ができたから踏み切ったのではなく、フリーターなどを過ごして様々な経験をさせてもらう中で、30歳を目前に今後どうするか考え始めたことがきっかけでした。新卒採用と中途採用の差と言いますか、新卒であれば出世ルートのような、ある程度の道筋がありますよね。中途はどちらかと言えば、会社がうまく循環するように働く人材だと話を聞いたことがあったんです。そうなると、自分がこの先10年間働いたとしても、新卒10年目の人達と同じルートを歩むことは難しいと感じました。 たとえ技術や知識が備わっていたとしても、昇進のようなものは新卒の皆さんの方が早いですし、40歳、50歳と歳を取った時に、体力的にも出世ルートのような道筋を気にして過ごさなければならないと思いまして……。このまま会社に勤めるべきかどうか、体調の面も考慮して、30歳で一度区切りをつけ、また違う形でパン業界に関わっていきたいと会社を辞める選択をしました。 退職後は全く手立てがありませんから、一から履歴書を書いて興味のあるところに出願したんです。偶然オンラインで私の事を知った人材派遣企業の方から「経歴が面白いから話を聞きたい」とご連絡頂き、お会いして話をすることになりました。

ーそんなことがあったんですね。

松村さん:お会いしたらすごく気に入って頂けて「今後を僕に任せてくれないか」と言ってもらえたんです。その時はあてもありませんでしたし、信頼できる方で、面白い未来が待っている予感もしましたので「良いですよ、お願いします」と返事をしまして……。それから、人材派遣会社の経営者の方を紹介して頂いたり、派遣を専門でやられてる方々とお話させてもらい、その中の一人の方には今でもメンターとしてお世話になっていますが、色々な選択肢を作って頂き、北海道にあるLeTAO(ルタオ)を紹介して頂けました。

ーへえーー!それでLeTAOに!

松村さん:LeTAOでは新店舗の立ち上げや人材育成など、自身のスキルアップも含めそこで活躍してくださいと任されました。30歳のこの転機が一番大きかったかもしれません。

ー北海道にはどれぐらいの期間いたんですか?

松村さん:丸5年ですね。内容としては5年間で過ごすような内容じゃないほど濃いものでした。期間で考えればNoPellの5年と同じ年月ですけど、濃さで言えば北海道にいた頃の方が濃かったです。個人店を開いてやってますけど…… (笑) 。

ー濃い5年間だったんですね。こっちで開業に至ったのはどうしてですか?

松村さん:会社でやれることがある程度叶い、私の中で元々考えたことができたとメンターさんに話をしたんです。メンターさんに「そろそろいいんじゃない、戻ってきて自分でやりたいことを見つけても」と言って頂き、「LeTAOでももっと活躍の幅を広げられそうだけど、今までやってきたことがさらに飛躍的に伸びるというよりは、成熟してだんだん衰退していく風に変わってくるかもしれないから、もし切り替えるんだったら今がいい時期かもしれないね」とも。私自身もそのように感じていた部分がありましたので、 ステップアップできれば良いなと戻ってきたのがちょうど6年位前になります。

ーなるほど……。厚木は地元だったんですか?

松村さん:ここが実家なんです。 ここに帰ってきて何かをしようと考えていた時は両親が高齢でしたので、色々な事を整理していかないといけないからここの建物を取り壊すかどうか話をしていたんです。色々な取り決めがあり、今ある建物を壊して農地にしてしまうと、新しく建物を建てる時に許可が下りなくなってしまいますし……。でしたら、設備を整えて自分の研究室のような、ラボのような工房を設けて、売り場も作れば工場直売所のように作ったパンも販売できますし、近隣の方に偶にでもパンが売れればいいな、と勢いでお店を始めたんです。設備があればオンライン販売もできますし、たとえこの場所にお客さんが来なくても自分から持って行くこともできますし、そういった仕組みがあればビジネスとしても動き出せると考えました。ですから、個人店を持ちたいという想いが先立ったのではなく、自分の研究所を持ってフリーランスに動いて、自分が作ったものがどれだけ皆さんに届けられるか、実験のような形でスタートしました。

ーすごい新鮮ですね。

松村さん:お店を持ちたい、何か作りたいものがあるというよりも、自分が作るものがどれだけ受け入れられどういう風に広げられていくか試してみたい、見てみたいという想いが独立のきっかけですね。

 

パンを通して伝えていけることを。

ーお店を開いて5年、今の立ち位置はどうですか?

松村さん:自分が思っていた以上に多くの方に知って頂けて、本当にありがたいことに忙しく作らせてもらってます。もうちょっと自分の中では穏やかにのんびりと、言い方悪いですが自分のペースで動けると思っていましたが、 今は自分のペースどころか作りきれないような状況なので……。作ってなんぼの世界ですし、作り手冥利に尽きる思いです。作れなくて困るよりも、作る時間がなくて困る今の状況はとてもありがたいですし、安定的に作らせてもらえています。

ー人気商品のプノスは温めるのはもちろん、常温でも冷やしてもおいしいパンだと聞きました。製造にこだわりが?

松村さん:前職時代に同じようなコンセプトで商品開発した経験がありました。当時LeTAOで働いていた時はその場で召し上がる人はほとんどいらっしゃらず、 お土産で持ち帰って自宅で召し上がる、もしくはオンラインで注文されるお客さんが多かったんです。 その時から、”焼きたてが一番美味しい”ではなく”食べる時が一番美味しい状態”こそが、本当に美味しいものではないかと考えていました。パン屋さんは基本的には焼きたての温かいパンを出しますし、焼き立てのパンがおいしいのはもちろんですよね。最近は冷めたてって言葉もあるのですが、冷やしてもおいしい、冷やした状態が一番おいしい状態にすれば、 どこでどのシーンで召し上がっても変わらないおいしさを味わってもらえるなと感じたんです。ご自宅の食卓シーンで一番喜んでもらえるように、「そのまま食べてください」と伝えるのではなく、温めたらこういう状態で、冷やしたらこういう状態で、お好きなシーンに合わせて召し上がって頂ければ、皆さんの好みに合わせて表情を変えますよと伝えています。 熱変性でパンの状態は変わりますので、試行錯誤しながら自分なりに考えて、シーン別を想定して配合しながら予測をして作り上げていきました。

ーデニッシュパンのような見た目ですが食べてみると全然違って、初めて食べるパンの味わいです。

松村さん:そうですね、見た目がデニッシュパンのようですが、食べるとサクサクしているような、しっとりもしているような味わいです。”他のお店では見たことないようなパン”をコンセプトに作ったのが、お客さんに響いているのかもしれません。

ープノス以外でおすすめのパンはありますか?

松村さん:まだあまりお客さんに深く浸透していないパンがカンパーニュです。NoPellで唯一のハード系のパンがカンパーニュでして、伊勢原にある有名なパン屋さん「ムール・ア・ラ・ムール」のオーナーさんが製粉プラントをお持ちで、そこで製粉されたものを使わせてもらっているんです。秦野産の小麦粉で”ゆめかおり”と言うのですが、その”ゆめかおり”と、一般に流通している北海道産の小麦粉、ドイツ産のライ麦を配合して、小麦の香りを強く打ち出して、小麦の味わいが深いカンパーニュを出してます。うちのパンはどちらかというとソフトな感じで余韻や食感が楽しいパンが多いですが、カンパーニュだけは小麦のインパクトが強い味わいがあります。 パン通の方にもかなり響くようなパンなので、リピートされる方が非常に多いです。クロワッサンや食パンはオーソドックスに皆さんの選択肢の一つとしてありますが、こだわって作ったパンが他とは違うなと気に入って頂けるのは、地場産の小麦粉を使用し、製法にもこだわり、小麦の香りが一番表に出るように配合組んで生産してるからではないかと思います。

ーカンパーニュぜひ今度食べてみます。最後に、これからについて聞かせてください。

松村さん:カンパーニュで使用している”ゆめかおり”の話をしましたが、オーナーさんの啓蒙活動に私もサポーターという形で入っているんです。地産地消や社会貢献的な役割、何か地域に根付くもの作りをしたいという気持ちをカンパーニュに込めていまして、ビジネスとしてではなく小麦の普及活動に繋がればいいなと思っているんです。今後もそういった活動を増やしていきたい気持ちがあるので、今は作ることで手一杯になっていますが、生産体制を整えて、将来像としてはもっと広げていきたいです。 店舗を増やしたり、売上規模を上げていくベースアップよりも、そういった方向に進んでいければ良いと思ってます。

松村さんのお話の通り、デニッシュパンのような見た目ですがサクサクもしていて、しっとりもしていて、今までに味わったことがないパンでした。クルミも食感がしっかり残っていて、とても良いアクセントとなっていました。”優しい味わい”を楽しめました。

 

ガーテンは松村さんのご両親が作ったそうです。お店のパンを、目の前の自然の中で楽しめます。

 

NoPell

住所:神奈川県厚木市上古沢1190-2
TEL:046-216-9260
営業時間:火曜、日曜。 ※HPにて開店スケジュールをご確認ください。
オンラインショップ:https://no-pell.com/
Instagram:https://www.instagram.com/_nopell/

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